硫黄島で散った・馬術金メダリスト・バロン西

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2024年パリオリンピックで総合馬術団体で日本が銅メダルを獲得しました。
馬術のオリンピックメダルは後にも先にも1932年のロサンゼルス金メダリストの「バロン西」のみでした。
バロン西は「硫黄島の戦い」で戦死した西竹一さんです。
「バロン」というのは彼自身が本当に「男爵」という地位だった事からです。

硫黄島の戦い

第二次世界大戦の末期。
日本とアメリカの直接対決の一つに「硫黄島の戦い」があります。
ここを死守しなければ、日本の本土決戦になる事が分かっていた時期なので硫黄島に行く事が決まった時点で戦死が決まっているようなものです。

この背景は2006年クリント・イーストウッド監督による「硫黄島からの手紙」でかなり克明に描かれる事となりました。
もちろん、フィクションパートも多いのですが、そのトップの責任者が栗林忠道中将(渡辺謙・演)バロン西こと西竹一中佐(伊原剛志・演)が中心で作戦は決行されていきます。

この2人の人事はいわゆる嫌がらせ人事であっただろうという説があります。
何故かというと栗林中将は在米日本大使館に駐在した事からアメリカの事情に精通。
バロン西もオリンピック馬術で金メダルを獲っていましたから、アメリカ人からしても英雄であったのです。
2人とも英語も堪能で普通に話す事が出来ます。
この当時、彼らが陸軍の将官・佐官であった事を考えると異例であり、異端であった事は想像に難くないのです。
(陸軍は日本国内のエリートが多かったので英語が出来る人は少数派。むしろ、英語は悪という考え)

人馬一体

話を戻しましょう。
バロン西のオリンピックの個人優勝は「障害飛越」という競技です。
オリンピックの金メダリストというだけでも英雄的な扱いを受けますが、彼の場合は何と「満点」でのクリアだったのです。
高得点を出す事は可能でも、満点を出す事は物理的に不可能だと言われていた中での「満点」だったのです。
ニュースになった事でそこに添えられていた当時の写真がものすごいのです。

引用・NHK

ニュースサイトのバロン西と愛馬のウラヌス号の画像。
競技場での一枚の写真ですが、よく見てください。
ウラヌスの右の後ろ脚がひねっているのが分かりますでしょうか?
そのまま馬が障害を跳ぶ場合、バーに当たってしまうのです。
だから、ここで減点になります。
ですが、ウラヌス号がバーに当たらないように脚をひねる事でバーを落とさないように「満点」の奇跡を起こしたのでした。

すごい写真ですね。
さすが、アーカイブでこれだけの写真を持っているNHKさんです。
ビックリしました。
たった1枚の写真がここまで雄弁なのですね。

ウラヌス号とバロン西

金メダルオリンピアンの相棒となったウラヌス号はかなりの暴れ馬で処分される一歩手前の馬であったそうです。
バロン西自身も幼くして父を亡くし、男爵の地位を継いだのです。
彼自身もかなりやんちゃな人だったようなのでウラヌス号とは文字通り人馬一体と言えたのです。
バロン西が硫黄島で戦死したと言われる1週間後に余生を過ごしていたウラヌス号も天国に旅立っています。
*映画「硫黄島からの手紙」ではバロン西は片目を負傷しながらも敵に突撃して絶命したとされていますが、ここは劇的にするためのフィクションパートだと思われます。実際の所はよく分かっていません。

映画「硫黄島からの手紙」

映画の事も少し紹介しておきます。
原作は栗林中将による『「玉砕総指揮官」の絵手紙』であるとされています。
実は私自身はこの現物にお目にかかった事がありません。
その代わりに日本で多く紹介された本が梯久美子さんによる「散るぞ、悲しき」です。
(現在は双方ともネットで入手化です。便利な時代になりました)

栗林中将の家族に充てた手紙を元に映画は進んでいきます。
家族にはなるだけ明るい話を書こうとする努力がある一方で日に日に悲惨になっていく実情が分かります。

劇中で栗林中将が扮する渡辺謙さんの「我々の子供らが日本で一日でも長く安泰に暮らせるなら我々がこの島を守る一日には意味があるんです!」というセリフがこの硫黄島決戦の覚悟を物語っていると思います。
もう、玉砕前提なわけです。
自分たちがここで死んでも本土や家族の人々が生きながらえることが出来るのはたった一日かもしれない。
それでも一日でも長く生きていてほしいから、自分たちがここで死守する意味があるというのです。
この絶叫を聞いて、今の人達はどう思うでしょう?

グレース
グレース

オリンピックで馬術競技がメダルを獲った事で多くの人々が戦争は悲惨である事を再認識する事を祈念して筆をおきます。

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Blu-rayディスクには当時のインタビューや未公開シーンもたくさんあります
映画脚本を書くにあたり原作になったとされる栗林中将本人の手紙
映画公開時、よく読まれた作品。